荊の檻 番外編
青い空、標
written by 秋月真夜
力が欲しい。
力が欲しい。そう求める理由も必要ない程に、ただ望んでいる。
何かを守って戦えるだけの、傷を付けずにいられるそれを。ずっと欲しいと願っているのに。持っている、その人は、厭うではないけれどただ持っているだけで。
そのようにしか見えなくて、時々酷く、胸が痛む。
本館の扉を背後にして、二段しかない外階段の上、広めの一面に。フェリルは膝を抱えるようにうずくまって、にじむ涙も乾きかけるまま、ひとり、居た。
愛らしい少女のような容貌で、けれど握り締めた指先の力強さがそれを裏切る。
何故こんなことになったのかというのは、考えるまでもなく自分自身のせいだ。
他愛のないはずの言葉から一人動揺して…それでもあの人はただ微笑むだけだった。
なのに、その中に多分ほんの一瞬だけ、悲しそうな表情が見えた。それが。焼きついたように胸に残っている。
どうして?
「わかんないよそんなの。師匠…」
望んでは、いけないのだろうか?
足が痛くなってきた。両のふくらはぎ。座り込んでしまえば楽だったのにと思いながら、もうずっとその姿勢で…待っている。
何故待っているのだろう?
勝手に部屋を飛び出した自分を、戻らなければ探して迎えに来てくれるだろう何て、それこそ勝手な期待をして。
「足…」
後ろからふと声が落とされた。
扉は閉めていたのに、気付かないなんてどうかしている。
「どうせなら、お座りなさい」
くす、と小さく笑って。
それに合わせて、綺麗な長い銀の髪が、肩から流れて揺れた。
塔の窓から立ち行く竜車を見止めて、フェリルは本館の二階、師のいるだろう部屋へと戻った。今ほどまでのように応接間ともなるそこは、普段は術を学び、あるいはただ共にいる場所だ。
「今の…」
透けるように薄い、けれど硬質的な色合いの、好奇心や意思の強さが喚起されたような翡翠の瞳が申し訳程度に室内を見渡し、師の許で止まる。
「お客様、帰った、ね」
「えぇ、今し方」
薬の調合票に視線を落としたまま、声が返る。
精霊の守護を受ける、世界サディファライト。『七つの地上都市』と呼ばれる国々。
椅子には座らず、白い卓上に両手を付いてフェリルは尋ねる。
「また、国の使いの人?」
レイノリーツ、ティスタ、ナズエル、バストゥーラ、メルヒノウズ、ユリア・エスドナ。そしてこのセルディカーナ。
その最北の領地内。
本来ならフェリルの家で…ミディリア家で預かる古い建物であるが、今は師に与えられている。
ここで暮らすようになってから、自分は何度か家に戻っているけれど、師たちはこの氷の塔とも呼ばれる場所を離れていない。
たぶん…きっと、一番に力を持っている人なのに。こんな所に、籠もるように、いて。
「師匠、出かけるのか…?」
大きな討伐なりが、あるのかも知れない。時に現れ来る魔物。護りは完全なものではないから。禁呪の行使すら許されたそれが、年に数度あって。
薄灰色の瞳がそっと見上げて、告げる。
「そうですね。そうなるかも知れません」
その力を請われることを望んではいないように、フェリルには聞こえて、わずかいぶかしみながら違う問いを重ねる。
「師匠、オレって、禁呪使えるようになる?」
「…復習をしましょうか。禁呪の定義について」
「述べ書きの?」
一にして、書『マテキア』三章第二項。
一にして、書『エデム』副書…。
少年が眉をしかめたのに気付いたか、気付かなかったのか。師は口元を微かにほころばせた。
「簡単に」
「…影響力が大きいから、勝手に使っちゃいけない魔術のこと」
手を離して、ゆっくりと言う。
「使用する場所の属する国への、申請と…承認が必要」
「例外は?」
補足を求められ、一呼吸してから続ける。
「戦ってる時…じゃなくて、国か、許された機関に認められた、魔物の討伐時、とか。狭範囲結界の効力内であることを確認の上…」
フェリルはふと言葉を切った。必要最低限でも答えは出せた、はずだ。…それは、言葉は上手くないれど、そこまで求められてはいない。
「…師匠。本に載っていない禁呪って、あるんだよね」
問うでもなく口にすると、紙をめくる師の指が止まった。
変わらない静かな声。
「強い力を欲するのですか?」
今、師の元で学び、いずれは魔術師になろうという身なのだから、より多くより深く、知り得ようと思うのはごく普通のことだろう。
「うん、欲しい。
オレ、その禁呪使えるようになる?」
答えずにただ、師は…ロウ・ラクスェルは微笑んだ。
もっと。もっと。どんなことも出来るほどの。
「オレは、師匠より強い力を持つことは出来ないの?」
守りたい確かなそのものを、今持っているわけではないけれど。
自分でちょうど使えるだけの力があれば、十分なのだとは思えなかった。
「えぇ、出来ません」
冷たい温度があるように、声が胸に落ちる。
「じゃあ…たすけられないね」
そんな自身のつぶやきは、多分忘れてしまうのだろう。疲れて眠ってしまいそうな、だからこそ意地を張れない拗ねた様な目で。
「師匠は要らなかった?」
尋ねる。
「なければよかった?」
小さな声。
「力が」
一瞬の空白。切り取られるような。
「いいえ」
穏やかな口調のまま、それだけは断定して。
師がとても綺麗な笑みを浮かべるのを、フェリルは見ていなかったけれど。
「私でなければ守れないものは確かにあるのですけれど、私では守れないものもあるんですよ」
顔が上げられ、明るい金の髪が揺れる。
「何」
「秘密です」
逡巡もせず返された言葉に、けれど少年は続ける。
「それはオレが守れる?」
はっきりと意志が戻ったまなざしに。
「恐らく、ですけれど。
…さぁ、もう戻りなさい」
促されて、いつの間にかすっかり腰を下ろしていたフェリルは、不用意に立ち上がってよろめく。
「まずは…」
「まずは落ち着きを身に着けなさい?」
言われ慣れてしまった言葉を笑いながら言って、逃げるように階段を下りる。
「散歩!」
そして、答えを待たずに駆け出した。
見上げる、空。
刺すように鮮やかな色ではないけれど、深く、少し鈍いそれが、森に遮られるまで続いている。
遠く、青い。自分では届かないところ。
でも。
それでも見ていることは出来る。
あの人も。
同じような力を得ることが叶わなくても、共に戦うことがなくても、そうすれば、近付けるかもしれない。師に望まれたことではなくても。
誰が望むものでなくても。
自分が。
氷の塔の、既に称を持つ魔術師は、愛弟子の行為に呆れるでなくその姿を見送って、扉に手をかけた。
押し開く薄茶色のそれを、途中で止めて。
術書には記されることのない、残さない…けれど伝えられ託される、導く術を。
「あなたが得ることはないでしょうけれど…あなたの願いは多分、叶うのだと思いますよ」
そして、そのつぶやきもまた禁じられた言葉だと、静かな笑みを浮かべた。
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| 本編情報 |
| 作品名 |
荊の檻
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| 作者名 |
秋月真夜
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| 掲載サイト |
リオウエン
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| 注意事項 |
年齢制限なし
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性別注意事項なし
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表現注意事項なし
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連載中
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| 紹介 |
浮遊城を戴く『都』を中央に 七つの地上都市と称される七大国を配し
『城主』によって治められる 世界サディファライト
* 少年はその地を訪れた。あの人の、願う通り。
また一人、少年がいた。過ちを繰り返さない為に。
けれどその出会いは図らずも、”ふたつめのはじまり”となる。 *
grand notes of Sadifalit / 『荊の檻』
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